2017年1月31日 (火)

奇跡の一本茸

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シイタケ栽培キットで育った大量のシイタケ。
秋からきょうちゃんと一緒に世話し、収穫してきた。
一気に数十個も採れる。
きょうちゃんはシイタケのお味噌汁が大好きで、毎日でも食べたがるから、テンポよく消費していった。

ひとしきり収穫が終わると、しばらくは菌床の休養期間となる。
わたしが入院していたときは、その期間だった。
休養期間も、毎日水分を与える必要がある。
しかし、入院中の1週間、放置することになってしまい、退院した時にはすっかり干からびていた。
それから数日間、せっせと濡らしてやるも、どうも水分が浸み込む気配がない。
諦めて、細かく砕いて肥料として花壇に撒こうと決めた。

 

1月23日、術後初めての外来の日。
帰途にネガティヴ妄想を膨らませて暗い気持ちで帰宅した私がふと見ると、菌床を覆っているビニール袋越しに何か見える。
驚いて開けてみると、巨大な椎茸が1本、育っていた。

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直径10㎝ほどか。
菌床の全力を絞り出したかのような一本。
見放し、水分を与えなくなってから2週間は経っていたはず。
我が家の奇跡の一本茸に、私が力づけられた。

植物は何も言わないけど、何も言わないからこそ?力づけられることがよくある。
初めて大学病院へ行った朝、花壇に小さな芽がいくつか顔を出しているのにきょうちゃんが気付いた。
しばらく前にきょうちゃんと植えた球根だ。
柔らかそうな黄緑色の芽。
硬直していた気持ちが緩んだ。

 

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奇跡の一本茸は、きょうちゃんが収穫。

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お味噌汁に入れるため、きょうちゃんが切ってくれた。
最近、食材を切りたがるのよね。。

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かなり大きさにばらつきある状態で作業完了、らしい。
「大きいのがあるし、ちょっと整えなきゃ」と思った私を牽制するかのように、
「この大きいのと、このパラサウロロフス(恐竜)の頭みたいな形のは、オレのお椀に入れてね。」
結局、このままお鍋に入れました。

その後、菌床のお世話を再開。
小さな椎茸が2つ、育ち始めている。

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2017年1月25日 (水)

腫瘍の確定結果は―

1月23日は、不安と期待を抱きつつ待っていた日。
年末に摘出した卵巣腫瘍の確定診断が聞けるはずだから。

ところが医師から聞かされた言葉は、

「まだ病理の結果が出てないそうなんですよ。今さっきも電話してみたんですが・・・。」

また2週間ほどしてから、改めて結果を聞きに行くことになった。
やだなあ、この暫定状況がまだ2週間か。

手術の傷に関してはきれいになっているとのこと。
浴槽に浸かってはダメ。
重たいものはもっちゃダメ(抱っこ、おんぶもできない)
自転車にもなるべくならないで。
等々の禁止事項・注意事項がすべて解除された。

そういう意味でよい日ではあったが…
新たな気がかりも首をもたげてきた。

1月23日という日は、年末年始を挟んで通常より診断に時間を要することを想定したうえで、設定した日。
手術後、4週間ほど。
そのうち1週間を年末年始分だと考えても3週間。
こんなにかかるなんて、診断が難しい面でもあったんだろうか?

術後すぐ、執刀医が摘出した現物を見せながらボクに話した際は、ほぼ良性と見て間違いなさそうな内容だったという。
今回、それと同じような話を引き出そうとした私に返って来た言葉は、
「典型的な良性というのは、腫瘍の中身が液体で満ちている例。Majaさんの場合、充実部分(肉が詰まっている)がかなりあるんです。典型的な良性の様態ではないので、現時点ではなんとも…」
だった。
なんか雰囲気が変わってるぞ。
外来でお世話になっている医師は、執刀医とは別の医師(少し立場が上の)。
だから、違うことを口にしてもおかしくはない。

けど―

細胞診の経過報告みたいなものがあって、医師はそれを知っていて、しかし確定ではないから私には言えないだけなのかも。
その内容があまりよくないものなのかも・・
帰りのバスに乗ってから、妄想が広がってきた。

95%くらい良性だと楽観していた私のソフトな視界が、急にクリアになったような気がした。
初めてメガネをかけた人が、自分がいる世界にあるものの輪郭や色彩の鮮やかさに目を見張るみたいに。
今まで見ていた世界がいかにぼやけて曖昧だったか知るんです。
自分がいかに普段、たるんで生きているか、ぼんやり暮らしているか知るんです。
死というものが、現実的なものとして立ち現れるからだろうか?
誰しも免れない死を直視することを避けようとして、人間は普段、無自覚的に世界をぼかしてみているのかもしれない。

 

でも、その夜、ひと月ぶりに浴槽でゆっくり温まりながら思った。
あーあったかい、あー幸せ。
命に関わる問題に比べれば、浴槽で温まれるかどうかなんて些細なことだけど。
人生は、日々の些細なことの積み重ね。
些細な幸せあってこその、惜しむべき人生。
だからあったかいお風呂も軽んじるべきじゃないでしょ。

でもしかし、、
翌日、スイミング帰りのきょうちゃんと夜道の帰途についているとき。
数歩前を、踊ったり跳ねたり山ほど無駄に動いて、巣立ちの練習をしているヒナみたいに行くきょうちゃんの後ろ姿をみていると、そこはかとなく悲しくなってきた。

また当分、楽観と悲観の間を行ったり来たりだな。
少々楽観寄りで。

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2017年1月20日 (金)

紅のラーメン

ボクは、ラーメンが好き。
海外のへんてこなラーメンにも好奇心をそそられるようで大好き。
ラーメンを食せる店を訪ねるほか、現地のスーパーでもよくインスタントラーメンを買って帰る。

ここ数年、ボクは毎年仕事で東中欧を訪ねている。
そして、スーパーでインパクトのあるラーメンを嬉々として買ってくる。

そのくせ食べない。
日本に戻ると興が冷めるし、決しておいしそうとは思えないから、なんとなく、さあ!今食べよう!とは思えないんだと思う。

するとやってくるのが賞味期限。
それでも放置。

すると、それを見逃せないのが貧乏性の私。

先週。決意をもって手にしたのは、期限切れの「Barszcz」と書かれたラーメン。
「ボルシチ」かな。
「Polski」という記載もあったから、ポーランドの物だろう。

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↑画像の色彩調整などしてませんよ。

パッケージを見て覚悟はしてたが・・実物もすごい色。
ビーツの赤だとわかっていても、日本人の私にはなじみの薄い食材。
それに、これがラーメンのスープとなると、強烈な抵抗感…。

でも、ビジュアルから受ける印象よりは、味は悪くなかった。
ボクはラーメンのみながらず、各国のインスタントスープのパックもよく買ってくる。
東中欧系の国のスープはたいてい酸味が強烈。
最初に食べたときはたまげたけど、いろいろ食べるうちに、やみつきなるようなおいしさを感じるようになった。
そんな私の舌には、そう悪い味ではなかったかな。
スープと違って、「おいしい」とは思えなかったが、よい経験をさせもらいました(笑)。

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ちなみに作り方は袋の裏面に。
ポーランド語なんてさっぱりわからないから、絵と数字から推測。
器に袋の中身を空けて、400mlのお湯を注ぐ。
3~5分待つ。
こういうのを見るたび、アラビア数字に安堵と感謝の念がわく(笑)。

これは簡単だけど、スープの場合は、もう少し難しい。
ドイツの商品の場合、粉末を熱湯に入れるのか、あるいは水から入れて沸騰させるのか、私にもわかる。
しかし、チェコ、ポーランド、ハンガリー、スロヴァキア等々・・・言葉がまったく読めないものだから、水からなのか熱湯からなのかわからなくて、ダマだらけのスープができちゃうこともある。。

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2017年1月19日 (木)

シュトーレン

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昨年のクリスマス前に、友人が送ってくれたシュトーレン。
神戸のフロイントリープの。

アドベント期間に、スライスしながら少しずつ食べていくシュトーレンだけど、我慢できずに何切れも食べてしまう日もあった。。
それでもイブの時点でこれだけは残しておき、最後は皆で一気に食べた。

私の入院・手術前ということでクリスマスムード無しな我が家だったけど、これのおかげでクリスマス気分が味わえた。

それにしても、フロイントリープのシュトーレンはおいしい!!
クリスマスシーズンになると、「シュトーレン」は、私の身の回りでもよく見かける。
そういうのを買ってみたこともある。

けど、日本で売ってるテキトーな「シュトーレン」を手にすると、パンみたいにフワフワしてたりぱさぱさしてたり、フルーツケーキみたいだったり、いや、これはシュトーレンじゃないだろっ!とツッコミたくなる「シュトーレン」との出会いも多い。

でもフロイントリープのはおいしかった。
ボクも、「これはうまい!」と太鼓判。
食に保守的なきょうちゃんでも、何切れでも食べたがった。

年が明けて退院してからも、その味が恋しくてたまらなくなることがあり、、もしかして日本ではオールシーズン買えたりしないかな!?とフロイントリープのサイトを見たこともあったが、やはり季節限定品として紹介されているだけで、販売はされていなかった。。

来年の年末が楽しみだな。

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2017年1月10日 (火)

退院から一週間あまり

退院してから1週間あまり。

信じられないくらい元気になった。
2週間前には、たくさんの管につながられて動けなかった人が、自分ではない気がするほど。

退院した日は、ボクやきょうちゃんの歩調にはついていけなかった
それに、家に戻ると楽しいことがいっぱいあるのは困りものだった。
笑うと腹部の筋肉が動いて、傷が痛むから。
咳をするのは、とても恐ろしかった。
激痛が走るから。
稲光を思わせる、お腹が裂けるかと思うほどの衝撃。

でも3日もなると咳は平気に。
この日、術後ずっと恐れていたくしゃみをしてしまった。
これはさすがに痛かった。。

退院後は一度も痛み止めを飲まずに今に至る。
それでも退院後まもなくは。軽い痛みと違和感があり、傷のことが常に念頭にあった。
何もするにも恐る恐るだった。

でも気づいてみれば、傷を意識することが、いまはほとんどない。
日常の家事や買い物をする上でも支障を感じない。

退院してから1週間ほどは、目覚ましい回復を実感する毎日だった。
こんな素晴らしい感覚、自覚的には経験したことがない。
一昨日できなかったことが、今日はできた。
明日にはまたできることが増えているはず、という希望に満ちた感覚。
小さい子どもの著しい成長みたい。

爪や髪は伸び、擦り傷は治っていく。
日常のそういう前進は意識しないものだけど、傷が大きい分、前進が目に見える。
手術なんてしなくて済むにこしたことはないが、こういう喜びを手に取るように感じられるのは、幸せなこと。

しかし、この季節ならではの辛さもある。
浴槽に浸かれないこと。
寒い!
ボクときょうちゃんが浸かったお湯を少し抜いて水位を下げ、膝立ちする。
それが目下私が見出した一番の暖のとり方。
でも腰を下ろせないから落ち着けないし、疲れる・・・。

昨夜、市川海老蔵のさんと小林麻央さんのドキュメンタリー番組を観た。
麻央さんの闘病は遠くの出来事とは思えなくて。
「人のまさに死せんとする、その言や善し」という言葉を思い出した。
麻央さんが死にかけている、と言いたいわけじゃありません!
ただ、死の淵をのぞいた(ことがある)人の言葉、という意味で、印象的だった。

遠くの出来事とは思えない、と言いつつも、安全地帯まで避難できた者として観ている自分に気づいた。
でも、私の病理検査の結果はまだ出ていないのだった。
摘出した卵巣の状態は、主治医の経験上、たぶん良性だろう、と言われているだけなんだった。
傷からの回復のことだけで浮かれていた私の背筋がちょっと伸びた。

外来予定の1月23日。
浴槽に浸かってもいいか聞こうnoteとかノー天気なこと考えてたけど、
確定診断を聞きに行くのだった。

ちょっとドキドキしてきた。

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